2012年3月29日 (木)

◆劉玄徳公の偉大さ

まだまだ手袋が離せない冷え性@玄子です。

三國志游樂記を出版して早6年経った今年の2月、

父の知り合い経由で、

三国志が好きで中国へ留学したという

秋田では珍しい人間、玄子に話を聴きたいと

同人誌? ミニコミ誌? 会員制雑誌?的なモノを

発行している人に対談を申し込まれたのですが……

三国志愛を、三国志英雄に失礼の無いよう

日中友好・人の和につながればいいなと思ってます。

さて。話は飛びますが

私の成都生活を支えてくれた劉玄徳さま。

武侯祀よりも昭烈陵に聖都【成都】を感じました。

※詳細は『三國志游樂記』14~18頁をご覧あれ。
拙著を定価で購入したい方は
zgenshi @yahoo.co.jp までご連絡ください。
(@を半角にしてくださいませ)
玄子からの直接購入者に限り
『三国志とは』
『三國志游樂記と英雄たちの夢の跡』
非売品の別冊資料を差し上げています。

さてさて、最近、そんな玄徳様の素晴らしさを

再確認しております。

玄徳様のことは、

心の中で「玄さん」と呼んでいるので

以下、玄さんと書かせていただきますが

玄さんって、三顧の礼で孔明先生を迎えた

エピソードでも有名なように

年下であろうとも礼儀を尽くせる方でしたが

それよりも、もっとすごいと思うのは

人の話をよく聞く ということ。

私の周囲の多くに見られるのですが

人はどうしても自分の事を話したがる傾向が強く

相手が目下の人間だと輪をかけて自分の自慢話や

聴いてもいない体験談を長々と話して

挙句の果てに「話してやった」的な傲慢さが垣間見られます。

たとえば、私が成都遊学時の話をしていても

その話の中に、自分が主語になれる単語が検索されると

自分の話におきかえて話したいことを延々と、というのは

今までに何度かありました。

だったら、始めっから話聴きたいとか言わなきゃいいのに。

そんでもって、日頃から聞き役になることが多い私は

「普段誰もこの人の話聴いてあげないのかな」と思ってしまい

相手の気が済むまで話が出来るよう

聞いて欲しそうだなと思うことを

質問すると嬉しそうに答えて

「充実した時間だった」といわれるので

たまに、課金制にしたくなります。

聴いている方は体調を崩してしまうので

聴かなきゃいいって割り切れたら

どんなに楽だろうって思いますが

そんな事を想うと

玄さんって偉大すぎる。

孔明先生が出師の表でも書かれているように

「先帝(玄さん)は本当によく
人の話に耳を傾けられる方でした。
上辺だけではなく、
心底懸命に聴いていたので
臣下はごぞって、先帝のために
忠誠を尽くしました」

皇帝なのに

人の話をよく聞く!

皇帝にならなくても

目下の人の話を真剣に聴くって

なかなか出来ないことです。

出来そうで、できないです。

自分よりも目下の人間の話を

真剣に聴けるかといえば

私が知り合った多く目上の人を見る限り……

玄さんを見習ってほしいですね。

一人の人間として玄さんと

自分自身と比べれば

やはり選ばれし方は違うと実感します。

三国志の英雄には色々と学ぶことが尽きませんが

私、玄子は

正史や演義の境界線を基盤とした歴史的な流れではなく

英雄たちの人生に学ぶことをメインとしています。

特に魂ごと注いで学んでいるのは孔明先生ですが

玄さんと元直殿は孔明先生にとって

それぞれ、水魚の存在なので

私的にも外せません!!

これからも日々、学んで実践していきます♪

先ずは、人の話を聴こう!




2012年2月25日 (土)

道士さんとのその後2

玄子です。

2001年3月21日に

玄子って中国名&字を道士さんから頂きましたが

2012年2月25日、今日未明

『号』を授かりました。

字とか、号とか

思いっきり時代を逆行していますが

とっても光栄です!

勢い余って興奮ってな感じで

三國志游樂記のその後として綴ってみました♪

2012年2月15日 (水)

◆道士さんとのその後

どもっ! 玄子です。

忘れていたわけじゃありませんが

久々の更新ですね♪

久々と言えば、昨日、久々に大哥と連絡が取れました。

って急に言われても大哥って誰ですか?って話ですが

『大Da哥Ge』って響き、

三国志ファンならどっかで聴いたことないでしょうか。

張飛さんが唾を飛ばす勢いで拱手しながら

玄さん(玄徳殿)をお呼びするあの場面

「大哥」って言っているんですが思い出した方は

うん、あれです、あれ。

兄貴って意味です。

で、私のいう大哥っていうのは

玄子という中国名兼今となっては筆名を授けてくれた

道士さんです。

道士さんと玄子の交流は

拙著『三國志游樂記』の123頁からご覧くださいませ。

さて。拙著を書いた後の話ですが

留学を終えてから玄子と道士さんたちはどうなったのか?

一度、成都で再会を果たし

その後、なかなか連絡取れませんでしたが

それもその筈。

大哥はこの2年間、黄山って中国にある有名な山で

修行していて、つい最近、下界に戻って来たそうな。

電気とか現代的なモノとはかけ離れた修行生活って

道士さんだからこそ出来るのかもしれませんね♪

そんで昨夜、数年ぶりに電話した時、

大哥は「道徳経」日本で言うところの『老子』を

写経(っていわないだろうけど専門用語解らないので)書いていたそうです。

道教の基本みたいな『老子』に立ち返ることで

自らの修養を深めているのかもって思いました。

で、すぐに「ああ、その声は玄子!」と

覚えていてくれるって嬉しいものです☆

ど~でもいい、徒然なることを話していましたが

大哥と話していると

成都遊学時代に戻れたり

時には古代中国へ一緒に行っている

感覚になれるので

流石は道士さんって改めて思いました。

道士さんっていうと、

真面目な道教の話とかしそうな感じですが

残念ながら私はあまり知識がないので

殆ど道教的な話はしません。

せいぜいで「キョンシー退治したことある?」とか

「道士って珈琲飲んじゃいけないの?」とか

その程度で

それ以外はハッキリ言って

バカ話です(^O^)/

でも

真面目な話題には、とことん真剣に向き合ってくれるので

上善若水ってこういう感じ?って思いまする。

先月、トルコへ行って、モスクで精気を吸い取られ

「私、道教じゃなきゃシンドイかも」って

自覚した途端、

それまで連絡が滞っていた

大哥やタメの道士さんと連絡が付く様になり

将来的に私の葬儀は道教でお願いしたいと明るく思う

今日この頃でした!

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