『三國志游學記』誕生秘話3~重過ぎる自問
脱力感を押しのけて蜀士は“夢の続き”を探そうとしました。
我々と話す時は、無意識のうちに中国語で思考し、
それを日本語に翻訳しながら声を出すというようなくらい、
蜀士の中国語は本物です。
中国関連の企業での仕事を求め、何度か面接をしました。
しかし、何かが違っていたそうです。
何が違うのか分からないながらも
自らの心にそぐわないということだけは
面接を重ねる毎に圧迫的に感じていったと語っております。
ここで思い出すのが6年半前。
ビジネス・就職を見据えて中国へ行く人が多い中で、
蜀士は「三国志」を求めて中国に渡った。
留学斡旋機関の方針を押し退けて北京や上海ではなく、
成都へ行ったのでした。
蜀士が中国に求めているものと
世間が中国に求めているものにズレがあったように、
蜀士が保有している「中国」と
世間が蜀士に期待している「中国」にはズレがあった
と言えるのかもしれません。
“夢の続き”はなかなか見つかりませんでした。
そして自ずから湧き上がってきてしまうのが
「生きている意味があるのか」「自分の存在価値は何なのか」
という素朴ながらも重過ぎる自問。
それでも、自分が生きている証が欲しかった。何よりも。
今まで生きてきた証と、今もこうして生きているんだという証、
自分の存在価値が欲しかった。
(本人談:ブログ『蜀士の道楽日記』より)
と苦しんだようです。
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